19話「この言葉は、僕の人生だ」

19話「この言葉は、僕の人生だ」

< 18話「流行りのベストセラーにはない“本質”」

日本の古典を読んでいくなかで出会ったんだ……

ついに!?

バーっと並ぶ古典コーナーで、不思議と目に入ってきた

『歎異抄』

(歎異抄……!)

知ってはいたんだ、名前だけは

自然と手が伸びて、本を開いていた

短いのに、深すぎる文章……。一度では、とても分からない

でも、名文美文と言われるだけあってね……

吸い込まれるように読んでいた

そして、人生観を変える「1つの言葉」に出会ったんだ

自分の正体、世界の真実

1つの言葉?

それが、この言葉だ

あ、前にでたあの……

そう。

まずとびこんできたのが「火宅無常

「火宅のような不安な世界」と解説されててね……

思うと、当時の僕は、正直ギリギリだった……

妻の死、自分の死、これからどうなってしまうのか……

とにかく、 不安に押しつぶされそうだった

これこそ「諸行無常」なんだ……

すべてのものは、無常。続かない

それは、大切な人の命も――そして自分の命も、同じ

いつ、死んでしまうかわからない

鈴木さん……

だからどんなに楽しいことをしても……本心は不安でいっぱいなんだ

火のついた家にいるようにね

だから、この「火宅無常」を知った時

胸がスーッとした

スーッと……?

そう、なんていうのかな……

不安なのは自分ひとりだけじゃないんだって

僕だけじゃなく、昔の人も、無常に打ちひしがれてた

すべてのひとは不安むなしさに苦しんでたんだって

このモヤモヤを、昔の人が、すでに言語化してた。こんな短い言葉で……

ハハ、わかるかな、この感じ……?

なんか……分かる、かもしれません

僕も、夏目漱石の小説で同じ気持ちを感じました

同じだ、安心した、っていうか

不思議な嬉しさがあるよね……

ずーっと感じてたむなしさの正体が、垣間見えた気がした

少し、救われたような気持ちになったんだ

さらにね

煩悩具足の凡夫

僕たちのことだ

あ! これも前に……

そう。よく覚えてたね

僕たち人間には、煩悩しかない

欲とか、怒りとか。そんなものに毎日振り回されてる

僕も、その中の1人だった

鈴木さんも……

周りの学生と差をつけたくて、留学に行ったのも

自分にしかできない仕事がしたくて、起業したのも……

思い返してみれば、全部そうだった

煩悩「しか」ない――

あぁ、そうか……。キリがない煩悩で苦しんでたのか

だから、何をしても満たされなかったのか……って

自分すらわかってなかった心を言い当てられたんだ

なんだか清々しい気持ちにさえなったね

(いままで無常とか煩悩とか、ピンと来なかったけど)

(鈴木さんの過去を聞くと、なんか……)

そして最後に、ものすごい切れ味の言葉があるんだ

不安と不満の充満する世界で、かがやく真実

この言葉が、本当にすごい

「みなもって、そらごとたわごとまことあることなし

そらごとたわごと

まことあることなし……?

そう

すべてのものはウソっぱちと言ってるんだ

ええ、ひどすぎません!?

衝撃的といえば衝撃的ですけど……

もちろんテキトウに語られたものじゃない

僕らがこれがあればというものも無常、必ず変わっていく

全部裏切られる

好きな人やものが変わっていってしまったこと、何度もあった

うっ……

ぐああ……

その究極は、死別だね

……

これさえあれば、って思ってるものも、全部裏切るんだ

無常だから

それでも!

世界が変わっても、自分が……

その自分の心も変わってしまう

煩悩具足だから。コロコロ変わっていってる

なんか飽きてしまった、なんか違うなって、冷めてしまったこと、たくさんあるよね

……!

すべてのものは、まやかしになってしまう

まさに、「みなもって、そらごとたわごとまことあることなし

…………

起業で得られた名声もお金も

妻が先立ってしまった時も

医者や教授に「死んだらどうなるか」を聞きにいった時も!

僕の人生が、この言葉につながったんだ

こんな言葉、ベストセラーには1つもなかった

何度も読み返したいような、深さ……!重み……!

胸に、いや魂に響いてきてね……!

すごくないかい!?

…………

あ、ごめんごめん! ついヒートアップしちゃったね

それでこの言葉だったんすね……

……そうだね。いろいろ、あったけどね

でもそれがなければ、この言葉には、出会えなかったと思う

そういう意味で、すごくすごく……ありがたかった

鈴木さん……

もちろんこの言葉だけであれば絶望だ

だけど、歎異抄には何かある。そう思った

カンタンには読みきれない本だ――

歎異抄を、もっと深く学ぼう……

そう思ったら、仕事してる場合じゃないなって(笑)このへんは僕の悪いクセだけれども

それで僕は多忙な社長職を降りて、会長になった。優秀な部下にまかせてね

(つづく)

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